“昔、プロゴルファーの誰だったかが「これまでの人生で得た自分のゴルフ理論を一冊の本にまとめたら大スランプに陥って、まったくスコアが出なくなった」という話を見た事があるんだけど、それも言語化しちゃいけない領域を言語化しすぎたが故に、抜け落ちた部分を埋めきれなくなったんじゃないかと思う”

レベル別の適正なジョギングスピードとは

・走り始めて間もない初心者ランナー
1キロ 約6分30秒〜7分30秒

・フルマラソンを4時間以内 or 5キロを25分以内で走れるランナー
1キロ 約6分〜7分

・フルマラソンを3時間30分以内 or 5キロを22分30秒以内で走れるランナー
1キロ 約5分30秒〜6分30秒

・フルマラソンを3時間10分以内 or 5キロを20分以内で走れるランナー
1キロ 5分〜6分

“tofubeats:結局、精神論としては、どのジャンルの音楽の人も同じことを言ってるんだなって気づいたんです。「こういうのってロックだよね」って、ロックの人たちが言ってることと、「こういうのってヒップホップだよね」って、ヒップホップの人たちが言ってることは、さして違いがないんだなって。例えば、それぞれの人たちが考えてアプローチする「リアル」の定義とか、そうですよね(笑)。それが分かったことで、いろんなスタイルの音楽をどんどん好きになれたんです。”

 寝食を忘れるほど夢中になるとか、
 とんでもないハードな仕事をなんとかするということと、
 健康で安定した仕事をしていこうということは、
 対立する考え方だと思われています。
 どっちもある、というのは矛盾だとも言われそうです。
 
 でも、ちょっと新しい見方はできないかなと思ってね。
 スリリングで夢中な状態と、健康で安定した状態を、
 交流電源のように高速で往復しているような
 「こころの状態」が、いちばん理想なんじゃないか?
 対立でとらえるのではなく、ダイナミックレンジとして、
 行ったり来たりできないものかなぁ、と。
 なにかやるときの「ワイルド」な時間とか経験って、
 捨てちゃうわけにはいかないものなんですよねぇ‥‥。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
スポーツ選手なんかは、交流電源的に生きてる気もするね。

“音楽フェスに参加した5人に1人は、「Fear of Missing Out」(FOMO)に対する恐れがあると答えています。 「FOMO」(フォーモー)は「取り残されるかもしれない不安」を意味し、LINEのスタンプでご存じの方もいるかと思います。FOMOの意識が高くなればなるほど、ソーシャルメディアやライブストリーミング、動画などを通じて、現地で参加できなくても音楽フェスに参加したいと思う音楽好きが増えていきます。”
“自信がないから描かないんじゃなくて、自信がなくても描くという意思の強さの問題だと思います。絵を描く仕事をする人間は、どれほど自信がなくても描くしかないんです。一度でも手を引っ込めたら 二度と絵を描く気力を維持する事が出来なくなります。恥ずかしくても、他の人の迷惑になっても、絶対に手を引かない覚悟さえあれば、積み重ねた時間は必ずあなたに微笑みかけてくれます。10年は耐えられない、というならば、あなたの席は他の人に譲るべきです。”
“うーん。すべての音楽にまんまお手本があるんだって思いたがる人がいっぱいいるみたいですが、僕は曲を作るうえでわかりやすくお手本になるものを意識したことはないです。好きなアーティストはたくさんいますけど、そういうのを積み上げては崩し、それを重ねてできたものが僕の音楽なので、なんでそんなものが突然作れたのかって言われても、そんなの説明できるわけないですよね。”

 じぶんたちの無力からの出発を、
 この二文字は、とてもよく表していると思った。
 ほんとうのところはわからないと言ったけれど、
 井上さんは、落語の「鼠穴(ねずみあな)」を
 表現のもとにしていたのではないか、とも思っている。
 しかし、それにしても、その落語の「鼠穴」も、
 身を持ち崩した主人公が、
 都会で成功している兄に泣きついて、
 たった三文のはした金を貸してもらい、
 馬鹿にしやがってと怒りつつ、
 わら細工をつくって売るところからはじまる噺だ。
 言ってみれば窮鼠の物語というわけだ。

 はじめられない人は、はじめた人のことを、
 「そういう条件さえないわたし」と比べて語るけれど、
 「ない条件」について考えている暇があったら、
 種になる「たった三文」をどう使うかじゃないのか。
 よく思ったのは、『成りあがり』の矢沢永吉のことだ。
 少年時代の貧乏の話からはじまっているけれど、
 彼が、バンドをやるための楽器や練習場所くらいは、
 なんとかしたからスタートできたというわけだ。